花火大会



-前編-






 では、待ち合わせは吉祥寺の京王井の頭線ホームで。そう言われて堂上は怪訝な顔をする。 
「吉祥寺?武蔵境じゃなくてか?」 
 最寄り駅は武蔵境だ。 
 到着時刻から検索すると吉祥寺経由で乗り換えた方が一番短時間で済むが、なぜ最寄り駅ではなく乗り換え駅での待ち合わせになるのかが判らない。  
 堂上の疑問に、郁は上機嫌で「女には身支度の時間が必要なんでーす」と分けの判らない回答を返す。 
 答えのようでいて答えになっていないことに気がついていないのか。 
身支度なんぞ、寮でできるだろうが。毬江ちゃんだって自宅で身支度整えて来るだろう」 
 いや、そもそも寮以外のどこで身支度を調えるというのか。 
 図書館から徒歩圏に自宅のある毬江とて自宅で身支度を整えるだろう。最寄り駅だって自分たちと同じだ。全員利用駅が同じなのだからわざわざ吉祥寺にする必要は無い。 
 だが、郁は断固として譲らず、吉祥寺に一八○○と言って譲らないが、堂上はその理由を聞きたがり、さきからずっと同じやりとりが繰り返されている。 
 それにストップをかけたのは小牧だった。 
「堂上、それ以上はストップ。笠原さん、それは楽しみにして待っていてくれって事でいいのかな?」 
 詳しく言わずとも小牧は察したのだろう。 
 穏やかな笑みを浮かべながら問い返すと、郁はちぇーと唇を少し尖らす。 
「当日、驚かせようと思ったのに小牧教官にはばれちゃいましたか」 
「たぶん? 憶測だけどね。柴崎さん辺りの発案かな?」 
「ぴんぽーん。柴崎の発案です。なので、小牧教官心配いらないですよ? 毬江ちゃんには悪いようにしませんから」 
「いや、お前ら何をたくらんでいるんだ!」 
「ちょっと、人聞き悪いですね! 何も企んでないですよ!」 
 だいたい花火大会に行くのに何を企むというのか。 
 心外だと言わんばかりに頬を膨らませると、郁は口を挟めずにいる手塚の手首をつかむと、午後の課業に行ってきます!と言い捨ててさっさと事務所を飛び出す。 
「こら、笠原っ待て!」 
 とっさに堂上は郁の後を追おうとするが、その腕をつかんで小牧は引き留める。 
「心配いらないよ。当日の楽しみにしておこう」 
 苦笑を漏らしながら言う小牧を、堂上はにらみ付ける。 
「判っているなら教えろ」 
「判っているも何も、俺だって堂上と同じ話しか聞いてないよ。ただ、そうかなぁって推測しただけだし」 
「なら、その推測を教えろ」 
「んーでも、教えちゃったら楽しみなくなっちゃうでしょう? せっかくだし、当日の楽しみに取っておきなよ。さて、俺たちもそろそろ課業に行こうか」 
「小牧!」 
「楽しみだねー。土曜日」 
 堂上の怒鳴り声にはいっこうにかまいもせず、小牧はさっさと事務室を出て行く。 
 その後を追う堂上の眉間にはこれ以上ないほどくっきりと皺が刻まれていた。 
 
 
 事の始まりは、鶴の一声ならぬ郁の一声だ。 
  
 
「小牧教官。笠原、毬江ちゃんと柴崎と花火大会に行きたいんですが、よろしいでしょうか!」 
 
 郁の唐突な宣言に、さすがの小牧もきょとんと郁を見上げる。 
 その向かいにいる堂上と手塚もいきなり何なんだと言わんばかりに視線を向けてきた。 
「花火大会?」 
「そーです」 
 これこれ、これです! 
 と、言って郁がじゃーんと広げたのは、多摩川河川敷で行われる花火大会の案内ポスターだった。 
 場所は田園都市線沿線にある二子新地駅と二子玉川駅の間にある多摩川でうちあげられる、川崎市と世田谷区の共同花火大会で、玉数は6000発。 
 土手には屋台が連なり、それなりに大きなイベントであった。 
 普段は行かない地域だが、三人の頭の中で路線図が浮かび上がり、武蔵境の駅からのルートがいくつか検索される。 
「この前東京湾とか隅田川で花火大会があったじゃないですか。あたし、東京に来てから花火大会ってそういえば行った事ないなーって話してたら、柴崎も毬江ちゃんも何年もご無沙汰だって言うんで、行って見ようってなったんですよね。ちょうど、あたしも柴崎もこの日なら早く上がれる日ですし、土曜日なんで毬江ちゃんは学校お休みですよねー。なので、この日行ってみようかと思うんですが、毬江ちゃん連れ出してもいいですか?」 
 にっこりと、断られるとは思っていない笑顔で問いかけてくる郁に、さすがの小牧も苦笑を漏らす。 
 いいもなにも、自分は毬江の親ではないのだから、本来自分に了承を得る必要は無いはずだ。 
 だが、小牧がどれほど毬江を大切に想っているかを知っている郁は、小牧の了承も得るためにわざわざ問いかけて来た。 
「毬江ちゃんのご両親が承諾していることを、俺がとやかく言うことじゃないけれど・・・」 
 ちらり、と視線が堂上へ向く。 
 付き合い始めて初めての夏。そう言うイベントは恋人同士で行くもんじゃないのだろうか?と小牧でなくても思うのだろう。 
 手塚の視線も堂上へと向く。 
 二人の視線の意味に気がついた堂上は、わざとらしく咳払いをすると口を開く。 
「笠原、女三人だけで行くのか?」 
 細々とあがる花火ではなく、かなり大きな大会だ。 
 堂上もこの多摩川の花火大会に行った事はないが、終了後は両駅とも入場制限がかかり、電車に乗るために数駅分歩いて帰る人たちがいるぐらいには人手があるという話は耳にしたことがある。 
 そんなところへ女三人で行けばどんな事になるかは火を見るより明らかだ。 
「そこが問題なんですよ! あたしは別に問題ないんですけれど」 
 戦闘職種の大女なんて誰も相手にしませんからねー 
 と、アハハハハと豪快に笑いながら言い切る郁だが、本人いわく、その戦闘職種の大女と恋人関係にある男に向かって言うせりふじゃないのでは?と手塚と小牧はいつも思う。堂上から見ればいい加減自分をわかれと言いたいに違いない。 
 入隊した当時の山猿と称された頃と、今では雲泥の差なのだから。 
 眉間にぐっと皺が刻まれる。 
「でも、毬江ちゃんかわいいですし、あの柴崎が一緒だと絶対に変なやからに絶対に声かけられるとおもうんですよねー」 
 まぁ、あたしがちぎっては投げちぎっては投げしてもいいんですが。 
 と、やはり豪快に言い切る。 
「いや、お前人ごみでそれやったらただの迷惑・・・・」 
 手塚が呆れたように呟くと、それが問題なのよね。と珍しく手塚の言い分に噛み付くことなく、困ったようにはかけらも見えない様子で、困ったと言いながら、郁は改めて三人へと視線を定めると、にっこりと笑って続ける。 
「柴崎は自分の事は自分でどうにかするって言ってましたけれど、毬江ちゃんに万が一の事があったら、あたしたち図書館に戻れなくなるんで、皆で一緒に花火観にいきませんか?」 
 あたしがいる限り毬江ちゃんには万が一なんて起こさせませんけれど。と力強く言う郁だが、その郁に万が一の事があれば、一人血相を変える人間がそばにいる。 
「毬江ちゃんと花火なんてそういえば行った事なかったなぁ」 
 近所のお祭りには毬江が幼い頃連れて行った事があったが、恋人同士という関係になってから、毬江とそういったところには行った事がない。 
 成人している自分が未成年者を夜間連れて歩くということはどうしても時期尚早な気がし、なかなか踏ん切りがつかなかった。 
 今時そこまで神経質になる必要ないのかもしれないが、けじめは何より大切だと小牧は考えて居る。 
 一時の関係ではないのだから。 
 だが、二人きりではなく郁達も共にとなれば、話は変わる。 
「お供させていただくよ」 
 逆にこの機会をありがとうと言いたいぐらいだ。 
 小牧の返事を聞くと、郁の視線はようやく恋人である堂上に向けられた。 
「堂上教官も、手塚も予定大丈夫?」 
「俺は問題無い」 
 後回しにされた上に、ついでと言わんばかりの言い方が若干面白くないのか、堂上が眉間に皺を寄せつつも答えると、手塚へと視線が移る。 
「構わない」 
 ここで否と答えたら後で何を言われるかわかったものではない。 
 堂上と小牧が入れば何も問題無いだろうが、この二組に挟まれれば、当てられっぱなしの状態になることは間違い無い。 
「んじゃ、一八○○に吉祥寺の京王井の頭線ホームで待ち合わせましょう!」 
 
 
 
 そして、冒頭へ戻るのだった。 
 
 
 
 





                                     続く 





☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆

書き終わってはいるのですが編集がラストまで間に合いませんでした(笑)
超短いのですが、この花火大会今日やる(雨天中止かもしれませんけれど)ので、どうしても今日とりあえずupしたかった(笑)
続きは明日upします。
私、これから飲みに出かけるのです。今日は夕方前から飲むのです!なのでタイムリミットなのですあと30分で身支度整えて出かけねばならんのです。髪も乾かさなきゃ!
大人の休日ばんざーい!!←昨日も飲んでたけれど。
この、花火大会今日なんですよね!(笑)
でも、お天気はあいにくなかんじ?
私はこれから飲みに行くので、花火大会には行きませんが、さて今夜は打ち上がっているのかしらねぇ。


                                2012/08/18
                        Sincerely yours,Tenca