図書館の怪談



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 学校が夏休みにはいると、平日の日中帯に見かける子供達の数がぐっと増える。
 夏休みの課題を早々に片づける姿や、受験勉強にいそしむ姿、自由研究の教材を探す子供達・・・それとは別に、純粋に読書を楽しむ子供達から、遊び場にたむろす子供達。目的はそれぞれだが、それにともない静かなはずの図書館にざわめきが生まれるのはし方ないかもしれない。
 その結果、「図書館なんだから静かにしなさい」と注意を促す回数がぐっと増えてゆく。
 そんなある日、 郁は手塚とバディを組んで館内警備に当たっていた。
 夏は暑さで頭が沸く連中が増えるのか、何かと小さなトラブルが発生しやすいのだが、この日は朝からシトシトと鬱陶しい雨が降っていたこともあってか、来館者も夏休みの割には少なく、トラブルらしいトラブルも起きずに平和で静かなまま午前の課業を終えようとしいた。
 今日のお昼は何にしよう。洋定食か和定食か。昨夜は魚だったから和・洋問わずに肉にするか。そんな事をつい考えて居ると、ぎゃあっと閲覧室の奥の方から子供の声が一斉にあがった。
 そこに緊迫感のような物は感じなかったため、事件や事故の類ではないだろうが、その声に反射的に身体に力が入り、声の発生源へと視線を向ける。手塚も上司のように眉間に皺を寄せて声が聞こえた方へと視線を向けた。
 周囲で静かに読書や勉強に励んでいた人たちも、不快そうに顔を顰めて声が聞こえた方へと視線を向けている。
 一言で言うならば喧しい。
 図書館にあるまじき喧しさだ。
 おはなし室ならともかく、そこは閲覧室の一角。
 私語は当然の如く厳禁。
 郁と手塚は注意すべく、足をそちらへと向けた。


















「そうなのよー。最近、ガキどもが怪談話で盛り上がってて、よく苦情がこっちにもくるのよね。子供達が五月蠅いって」
 昼休憩中、柴崎と交えてランチを取りながら先ほどの騒ぎを話すと、柴崎もそれには手を焼いていると漏らす。
 小学生の子供達が集まって怪談話を興じるようになったのは、夏休みに入ってしばらくしてからのことだった。
 はじめは二人三人程度だったのだが、今では気がつけば多いときで十人ぐらいが顔を寄せ合って怪談話に興じているという。
「怪談話かぁ。確かに夏の風物詩だよねぇ。最近、夏と言えば痴漢かよ。っとしか思えなかったから、それから見たらほのぼのしているなぁって気もするけれど」
 夏になると薄着のお嬢さんお姉さま方が増えるからか、痴漢の出没回数が気温と比例するかのようにうなぎ登りになり、男って・・・・とゲンナリしていた郁からしてみれば、怪談話盛り上がる子供達という図は平和そのもなのだが、それによって騒音が伴うとなれば話は別だ。
「閲覧室じゃなければ、五月蠅く言わないんだけどねぇ」
 おはなし室で盛り上がるのなら誰も文句は言わない。
 もともと、その為にある部屋だ。
 小さな子供達もいるため、多少騒いでも支障はない程度に防音は効いている。
 だが、何度注意しても頑なに閲覧室で怪談話に興じているのは、おはなし室は喧しい上に明るくて、怪談の雰囲気が出ないと言うのだ。小さな子供に合わせて冷房も強く効いてはおらず、小さな子供達がちょこまかして目障りとも言う。
 対照的に閲覧室の奥はほどよく冷房が効いており、紙をめくる音とペンを走らせる音しか聞こえないぐらいに静まりかえり、独特の緊張感に満ちている。その空気が怪談話を盛り上げるエッセンスの一つになると言うのだ。
 固唾を飲んで話に耳を傾けているときに聞こえる、ささやかな音。不意に何かの音が響いたとき、それがどれだけびびらせるか。ということらしい。
 閲覧室は話をする場ではなく、周囲の迷惑を考えろと叱って、何度も閲覧室で怪談話に興じるのは止めるように注意をしているのだが、その場ではすごすごと謝罪の言葉を口々にして去っていくのだが、ほとぼりがさめるとまた同じ状態・・・というのを、ここ何日か繰り返しているのだと、柴崎はうんざり気味に言う。
「そのうち、なまはげにでも登場してもらおうかしら」
 はぁと盛大の溜息をついてぼやく柴崎に、手塚がぶほっと飲みかけのみそ汁を吹き出しむせると、おまえなぁ玄田隊長の事をなんだと・・・と言いかける。
 言いかけたところで言葉が止まったのは、柴崎がニヤリと笑ったからだ。
「手塚ぁ、誰も玄田隊長だなんて一言もいってないけどぉ?」
「・・・・おまっ!」
 なまはげと連想するのはどう考えても特殊部隊の隊長玄田の顔だ。他に誰を連想しろというのだろうか。なまはげではないが、雷を落とす人間を連想するならば、自然と堂上の顔が浮かぶのは、しょっちゅう拳骨を喰らっているからか。
 あれで確実に少ない脳細胞がさらに死滅していっていると思う。ぐらいに、ガツンガツン遠慮無く人の頭に落としてくれていっている。
 うっかりそんなことをだだ漏れしてしまった時には「そんなことを言うのはどの口だ?」と両頬を思いっきり引っ張られた・・・・人の顔をなんだと思っているのだろう。あの人は。
「笠原ぁ、あんただだ漏れよ?」
 だから、ひっぱられるんでしょ。と玄米茶を啜りながら、さらりと言われ今度は郁がぱくと口を閉ざす。
 まずは、このだだ漏れになってしまうところを直さなければと思うのだが、それができれば人間苦労しないという物だ。
 話題を変えるために・・・・いや、元に戻すためにわざとらしく咳払いをして意識して口を開く。
「そんなに怪談って面白いのかなぁ」
「あーあんたそういう系統だめだもんね」
「だって、実体無いから倒せないジャン」
 いや、そういう問題じゃないと思う。と、手塚は思うのだが、面倒なので黙っていると柴崎は「さすが、熊殺し。いっそ、幽霊殺しの二つ名も勝ち取ったら?」と楽しげに言う。
「だーかーら。いつまであんたはそれを言うかな!」
 くわっと吠える郁に柴崎は楽しそうに笑いながらあっさりと続ける。
「えー、一生?」
「一生かよっ!」
 手塚は、あの時はうっかり悲鳴を上げて逃げてしまったが、こうして年中話題に出されるぐらいなら、逃げてよかったとしみじみ思うのであった。
「で、話は戻すけど怪談ってそんなにもりあがるもんなの?」
 確かに風物詩だとは思うけれど、毎日毎日飽きずに興じるものなのだろうか?
 あっという間に話は尽きてしまうのではないか?
 一度ネタばれしてしまった怪談ほどおもしろくないものはない。
「自分たちの出入りする所の怪談を一つずつ制覇していっているみたいね。今は図書館の怪談に夢中みたいよ。ちょっと前は学校、病院・・・まぁそろそろ話題も尽きてくる頃だから、沈静化するかしらねぇ。他に子供達が出入りするような場所ってあったかしら?」
 病院はそんなにしょっちゅう行くところではないが、おあつらえ向きにこの近くに総合病院があるため、ネタの一つと化しているらしい。
 それにしても、学校や病院ならまだ怪談の舞台として判るが、図書館と聞いて郁は首をかしげる。
「図書館に怪談なんてあったけ?」
 もうここに勤務し始めて何年も経つが、郁は怪談らしい怪談なんて殆ど耳にしたことがない。
 特殊部隊に配属されて間もない頃に小牧に一回だけ聞いたことがあるぐらいか。
 後は出ると言えば、痴漢ぐらいしか郁には思い浮かばないが、あっさりと柴崎にあることを告げられる。
「あるの!? あたし、聞いたことないんだけど!」
 柴崎の一言に露骨に顔色を変える郁に、柴崎はにやりと笑みを浮かべる。
「業務部の女子たちは、この手の話題よくしているわよ」
「そうなの!?」
 特殊隊の女子は郁一人のせいか、怪談話に興じるという状況に陥った事はないが、女子率が高い業務部ともなると、休憩時間等になにげなくその手の話題が出ることがある。特に夏になれば自然とその手の話題が増えるのは、やはり夏の風物詩としてお約束なのかもしれない。
「女子寮や官舎、図書館の中とか防衛部とかそっちの方もあったかしら?」
「え?女子寮に・・・う、うちも・・・・? 手塚、聞いたことある?」
「ない。そもそもうちは女子寮じゃなくて男子寮だ」
 そんなまじめな返答誰も期待していないというのに、生真面目に返す手塚に柴崎は苦笑を漏らすが、郁は手塚のまじめな返答に、男子寮はずるい!と見当外れなリアクションをする。
 ずるいと郁は騒ぐが、手塚にはそもそもそんな話に興味はない。
 もっともな答えが返ってくる。
 例え誰かがその手の話をしていたとしても、全く我関せずとなるのが手塚だ。例えその会話の中にいたとしても、会話の一つとしてしか認識しないだろう。
「う・・・うえ・・・や、やだなぁ・・・・どんな話があるの?」
 知らなければわざわざ聞きたいと思わないのだが、怪談があると聞かされると聞きたくなるというもの。
 思いっきり及び腰になっているにもかかわらず、郁は柴崎に問いかける。
「最近聞いたところだと、本をなくした女の子がさまよい出るって話かしら?」
「なんなのそれ?」
「んー。その話が出たとき忙しくて、ちゃんと聞いてないんだけれど、本をなくした女の子が一緒に本を探して欲しいって出てくる話らしいわねぇ。今日みたいに朝から雨が降っていた日だったかしら。全身ずぶ濡れ状態らしいわよ。で、一緒に本を探していると足元に、ぽたり・・・ぽたり・・・って雫が垂れて・・・・」
 柴崎が声を潜めて話すため、自然と手塚と郁は身を乗り出して聞く形になってゆく。
 淡々とした柴崎の語り口調に、郁はぶるりと身体を震わせながらも、聞かないで席を立つことができないでいた。
「それがだんだん・・・・・・だんだん・・・・じわりじわりと広がって、ふっと気がつくのよ。なんで赤いんだろうって。不思議に思って女の子を見ると、ずぶ濡れだった女の子は真っ赤に染まっているの。なぜならばその女の子は事故にあって図書館に来る前に亡くなってしまったってのよ。その時に女の子は返却の本を落としてしまって、それから雨の日になると女の子が現れて   」
 声をさらに潜め、ほんの一瞬間をおいたときの事だった。


「お前たち顔をつきあわせて、何の話をしているんだ?」


 そんな状態で話を聞いているときに、いきなり背後から肩を叩かれたらどうなるかは火を見るより明らかだろう。
 柴崎と手塚には郁の背後が見えていた為、近づいてくる人間が二人いることに気がついていたが、柴崎の話に意識が完全に向いていて、背後がお留守になっていた郁には察しようがない。
 戦闘職種なら気が付けよ。とつっこみをいれたくなるところだが、ひきりなしに背後を人が通り抜けていくのが食堂だ。いちいち背後に誰がいるか、誰が通ったなど気にはしていられない。
 背後が完全にお留守だった故に、郁が反射的に食堂中に響き渡る声を張り上げてしまったのはお約束通りの展開だ。
「ぴ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
 かなりの賑わいを見せていた食堂がその瞬間静まり返り、その場にいた全員の視線が郁へ向かう。
「このどあほう! お前はなんつー声を出すんだ!」
 郁の肩を挨拶程度に叩いただけだというのに、まるで痴漢でもされたかのような悲鳴を上げた郁の頭頂部に、堂上は見事なまでの拳骨を落とす。
「う・・・ひ、ひどい・・・いきなり肩叩くからじゃないですかぁぁぁ」
 頭頂部を両手で押さえながら涙目で呻く郁に、堂上は知るか!と半分怒鳴りながら郁の隣に腰を下ろす。
 そのさらに隣には小牧がクスクスと笑いながら席に着く。
「で、なに真剣な顔をつきあわせて話していたの? 何か問題でも起きた?」
「いえ、怪談話してただけですぅ」
「怪談?」
「ああ、怪談かぁ」
 小牧の問にさらっと笑顔で返した柴崎に、堂上と小牧はそれぞれ違うリアクションを返す。
 堂上は眉間に皺を寄せてそっち系が駄目なはずの郁がなぜ怪談?と言わんばかりのリアクションだが、小牧にはそれですぐに通じたのだろう。
「今、子供達の間ではやっているみたいだね」
「そうなんですよねぇ。業務部でも流行っているんであまり子供達に大きな顔をして注意はできないんですけれど、その中で仕入れたばかりの話を笠原にしていたと言うわけです」
「ああ、それであの悲鳴・・・」
「ナイスタイミングでしたから」
「判っていたなら教えてくれたっていいじゃん」
 ぶすっと頬を膨らませながらぼやく郁に、柴崎はさらりと「戦闘職種なら気が付きなさいよぉ」と笑顔で言い放つ。
 いや、いくら戦闘職種だからって食事中の背後なんかに神経を配ってなんかいられるものかっと思うのだ。
「でも、子供たちはどこで仕入れてくるんだろうね。俺もいくつか小耳に挟んだよ」
「小牧教官もですか?」
「抗争で死んだ良化隊の人間が出るとか、夜中に巡回しているとお話室からはしゃぐ子供の声が聞こえてくるとか。女子寮のトイレから女性の鳴き声が聞こ・・・どうしたの?笠原さん?」
 小牧が最近聞きかじった話を数えていると、いきなり郁はイスの音を立てて立ち上がる。
「笠原?」
 手塚がお前、小牧二生の話し途中で・・・と露骨に渋面を作るが、郁の耳にはまったく手塚の声は届かない。
「手塚、あたし先戻っているから!」
 午後も引き続き手塚とバディを組んで館内業務だったが、ガタガタガタとあわただしく郁はトレイを持って去ってゆく。もうこれ以上一分一秒たりともこの場にはいたくないというオーラがバリバリに出ていた事に、当然全員気が付いてはいた。
 去り際はまさにワタワタと言う効果音が付いてきそうな足取りで、人に何度もぶつかっては頭をペコペコ下げて去っていく姿は、ハイパーエリートと言われるタクスフォースのメンバーとは思えない。
「あらまぁ、小牧教官。あの子、午後使い物にならなくなっちゃいますよ?」
 あたし、トイレまで付き合ってって女子高生みたいなこと言われたくないんですけどぉ。と、ちらりと小牧を見る。
 夜中にトイレに行きたいのに怖くて行けない。と言い出しかねない。
「大丈夫大丈夫。堂上がフォローしてくれるから。それに、俺具体的な話何一つしてないよ」
 ただ、こういう系統の話を聞いただけって箇条で言っただけだし。
 と、さわやかに続けるが、確信犯的な発言だということは誰もが言わずと思っている共通の意見だった。
「たかが怪談如きで、なんで俺がフォローをせないかん」
 眉間に皺をくっきりと掘り込んで小牧に食ってかかる堂上に、小牧はさらりと続ける。
「だって、班長でしょう?部下の面倒はちゃんと見てあげないと。午後の業務は手塚が付いているから問題ないかもしれないけれど。手塚、ちゃんとフォローしてあげてね。怖くてトイレいけないとか言ってたら表まで付いてってあげなよ。午後は人気がない範囲の警邏でしょう?」
 自分に話が振られると思っていなかった手塚は思わず目を見開く。
 なんで俺が!と言いたい。
 だが、上官に言われたら手塚に否の言葉が言えるはずがなかった。
 しぶしぶといった表情だが「はい、わかりま  」した。という言葉を言い切る前に、堂上が食べ終わったトレイを持って、これまた唐突に立ち上がる。
「堂上?」
 どうしたの?とわざとらしく聞き返す小牧を、ギンとにらみつけると「班長だからな!」と言い残して去ってゆく。
 だから、それがバレバレだって言うのという言葉は聞こえていたとしても、堂上は振り返らずにずんずん歩いて出て行く。
 その後ろ姿を見て、ぽかーんとするのはいつものごとく手塚だけで、柴崎と小牧はぷはっと吹き出す。
「本当に素直じゃないんだから」
「ですよねぇ」
 柴崎と小牧がなんの話をしているのかさっぱり判らない手塚は、怪訝な眼差しを向けるが、あえて口を開く事はなかった。












                        続く






☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆


図書館戦争第二弾は、上官部下時代で夏の風物詩怪談にレッツチャレンジ♪
上官部下時代ではあるけれど、原作のどのへん・・・とはあえて考えてないです。
まぁ、ほどよくじゃれ合うようになった頃かしらん。
怪談らしい怪談・・・もといい、そっち系のシーンは以後続くで。いや、別に怪談らしい怪談じゃないんですけれど。
当初はGHでもいいかなぁとか思いつつ、図書館戦争のラインナップがまだ全然ないので、こちら仕様で書いて見ました。
でも、今回の話は前置きと言うべきだろうか・・・続きは、来週upいたします。というか、全四話の予定で日曜の夜にUPを目指す予定です。←まだ最後まで書き終わってない・・・・





                         2012/08/27