罪の苛み









 綾子はリンの言っていたとおり少し離れた公園で麻衣を見つけられた。茫然自失と言った様でベンチに座っていた麻衣を有無も言わさずタクシーに乗り込ませると、そのまま自分のマンションへと連れて戻った。
 この寒空に何時間も公園にいた麻衣の身体はすっかりと冷え切り、今強制的にバスルームに閉じこめ温まらせている。公園で見つけたときは正直言ってぎょっとした。生気という物がすっかりと欠け、幽鬼のような顔でその場に佇んでいたのだ。小さな公園のため街灯も頼りなく、通りがかりの人間が何気なく見ただけなら、幽霊と勘違いしてもおかしくない風情であった。
 十分ほどですぐに麻衣はお風呂場から出てきた。ちゃんと湯船には浸かったのか、あれこれ尋ねる綾子だが、麻衣は何も応えない。無言のままの麻衣を取りあえず座らせると、右手に巻かれている包帯を取り替える。ぎゅっと力強く握りしめていたのだろう。縫い目が少し開き血が滲み包帯を汚していた。
「掌だから傷が残りずらくてよかったけれど、万が一にでも傷が残ったらどうするの。女の子なのに」
 脱脂綿に消毒薬を染み込ませ、傷を消毒しても麻衣は何の反応も返さない。かなり染みるはずであろうに、まるで痛みを忘れてしまったかのようだ。
 先からこの調子だ。されるがままの状態で、まるで魂をなくしてしまったか大きな人形を相手にしているかのようだ。綾子が見つけたときには既に泣いてはいなかったが、それまでさんざん泣いたのはその顔を見れば判る。そして、今は泣き疲れたのかまるで抜け殻そのものだ。
 そんな麻衣に何も言わず綾子は、準備の出来た食卓の前に座らせるが、麻衣はただぼっと見ているだけで箸すら持とうとはしない。
「麻衣、話は聞いたわ」
 ピクリ…と微かに身体を震わすが、麻衣は顔を上げず綾子の話を聞いているんだか、聞いていないんだか判らない表情だ。
「麻衣はどうしたいの?
 あたしは、麻衣の味方だから。あんたがしたいことを言ってご覧なさい。あんな、冷血漢の言った言葉なんて気にしちゃ駄目。
 麻衣は、お母さんだと思うの?それともまた別のものだと思う?」
 綾子はゆっくりと優しく問いかける。
 けして、追いつめないように。
 麻衣にとってもこれは最もデリケートな問題だ。精神的な面で言えば一番のウィークポイントと言っても差し支えないほどの。
 麻衣でなくても冷静でいられるわけがない。
 自分の身内がさまよい出、他人に害していると知って冷静でいられるわけがない。まして、その害している人間が守らねばならない相手であり、その上親の命を奪ったというのならなおさらだ。
 普通ならば、大切な人を守りたい。憎い人を守れるわけがない。まして、麻衣はまだ漸く二十歳になろうとしている年だ。そう簡単に割り切れるわけがない。特に麻衣は感情的に鳴りやすい面を持っているのだからなおさらだ。その辺のことをもっと考えて上げても良さそうなのに、あの朴念仁は仕事のことしか頭にないから、平気で傷つけることを言えるのだ。幾らそれが正論とはいえ、全てがそれで片付くわけがない。
「お母さんじゃない…あれは、お母さんじゃない―――――よ」
 麻衣は、掠れた声で呟く。今にも消えてしまいそうな程か細い声。
「違う…あれは、違う……じゃ―――無い」
 綾子は麻衣が言い終わるまで一言も口を挟まない。
「お母さん、人を憎んじゃ駄目って…言ってたもん。血塗れで、苦しいのに、私に言ったもん……そのお母さんが、誰かを憎むなんて事…無い―――――――絶対に、ないっっっっっっっ」
 俯いたままポロポロと涙をこぼす麻衣の背中を優しく撫でて、小刻みに震える頭を抱き寄せる。
 かける言葉を綾子は見つけられない。
 幾ら、綾子が違うと言っても麻衣が納得するワケがない。
 麻衣自身疑っているから、戸惑いを隠せないのだろう。ハッキリと否定できるならナルと喧嘩してでも、その事をハッキリと伝えているはずだ。だが、麻衣はナルと言い合うこともなくその場から逃げ出している。もしも、アレが母親だったら?母親だとしたら浄霊か除霊をしなければならない。浄霊が望めなかったら?そう考えると直視することが出来なかったのだろう。
「警察だって、事件に身内が絡むと担当外されるんだから、こうなってもしょうがないわよね。冷静な判断は当事者にしろって言っても、無理な物が出てくるわ。
 まして、麻衣みたいに感情で生きているような人間が、冷静な対処できるわけないもの」
 泣き疲れて眠ってしまった麻衣を寝かせると、綾子は麻衣のことを取りあえず安原に伝える。今はうちで休ませているから、それをナルに伝えるかどうかは安原の判断に任せたのだ。


 翌朝早くから、インターホンが何度も鳴らされる。綾子は目覚まし時計を見て思わずうなり声を上げてしまう。まだ時計の針は七時前である。いったい誰がこんな時間に尋ねてきたのだろうか?近所迷惑なほどならされるインターホンに苛立ちながら、出るとニッコリと微笑みを浮かべた真砂子である。
 トレードマークの着物を着て玄関前に立っていた。
「―――――――時間考えなさいよね」
 真砂子がここへ来た理由は一つしかないから、文句はそれだけにとどめておく。でなければこれですむわけがない。
「朝早く失礼いたしますわ。麻衣は?」
「当然まだ寝ているわよ。昨日もさんざん泣いて、泣き疲れて漸く真夜中にね。いつもん所で寝るから見てきて。あたしは支度するから」
「あまりのんびりと、支度はしないで下さいましね」
 その言葉に自分はおろか、きっと麻衣も引っ張って行くつもりなんだろう。ニッコリと強きそのものの笑顔を浮かべている真砂子に、綾子は溜息をつくとバスルームへと足を向ける。
 ニッコリと呪いの日本人形もかくやと言わんばかりの、微笑を浮かべる彼女の方が自分よりも麻衣に厳しいことは綾子も自覚している。つい、年の差があるせいか自分や滝川は麻衣を甘やかし気味になってしまうが、同じ年と言うこともあるせいか真砂子はシビアな面がある。だが、けしてそれは麻衣を傷つけるためではないから、エスカレートしない限り傍観するつもりでいた。
 身に染みた習慣なのだろう。真砂子に起こされた麻衣は身支度を簡単に整えると、誰に言われることもなくお茶の準備をし出し、綾子がシャワーを浴びて出てきたときには、リビングで二人は向き合ってお茶を飲んでいた。
「で、麻衣。あなたこのまま逃げてしまいますの?」
 自分で入れたカップを両手で抱え持つように持ったまま俯いていた麻衣に、真砂子は遠慮会釈なく問いかける。遠回しな言い方もなく、気持ちがいいぐらいにストレートな切り出し方だ。
「後悔しているのではなくて?逃げ出したことに」
 麻衣は何も言わないが身体が微かに震えたことで、肯定しているも同然だった。
「逃げていては何の解決にもなりませんわよ。
 話は全部ナルから聞いておりますわ。確かに麻衣が心霊的な物と思っても仕方ないかもしれませんけれど、でも、ナルはあたくしに電話でこうおっしゃっていました。心霊的な物かどうか判断がまだ着かないので視て下さい。と。暗示実験は今夜行うのでその前に一度視て欲しいと」
 夕べ遅くナル直々の言葉に驚いた。大抵麻衣か、安原が依頼の電話をかけてくるからだ。麻衣はどうしたのかと思って聞けば、ただ一言今は役に立たないというだけ。何があったのかは、その後のナルの事件の説明であらかた予想は付いた。電話を切った真砂子は夜遅いと言うことも気にかかったが、安原の携帯に直に電話を入れ詳しく理由を聞いたのである。
 あの時ナルは『今は役に立たない』という表現の仕方をした。今は感情に流されているが、麻衣ならきっと戻ってくると思っているのだろう。自分が動かなくても彼女の周りにいる人間が放って置くはずないと。
 信用されているのだ。
 だから、その信用に応えるためと、そして大事な友のために真砂子はここに来たのだ。うじうじ悩むだけが道ではないのだから。
「ナルはまだこの件を心霊的な物かどうかも判断つけておりませんでしたわ。それなのに、麻衣あなたの行動はお母様ではないと否定していながら、肯定していません? 今の麻衣はただのだだっ子ですわよ。認めたくないことから目をそらしていただけでは、何も判りませんわよ。
 本当かどうか、ちゃんとその両眼で確かめなさい。そのためなら、あたくしもお手伝いいたしますわ。もしも、万が一麻衣のお母様だとしたらこんな現象悲しいだけですもの。早く安らかな眠りについて欲しいでしょ?苦しんでいて欲しくないでしょ?
 ナル達が有無も言わさないうちに除霊しないためには、あたくしと麻衣が浄霊するしかございませんでしょう?」
 真砂子の言葉は逃げを許さないが、けして攻め立てる物でもない。静かな言葉は静かに麻衣に届く。
「戻りにくいかもしれませんけれど、皆さん待っていますわよ?」
 そっと麻衣の手からカップを取り除きテーブルの上に置くと、包帯が巻かれている右手を手に取る。
「麻衣のお母様ですもの。人を苦しめるために出てくるはずありませんわ。ちゃんと、真実を見ましょう?」
 労るように、けして痛みを与えないように優しく手を握りしめられ、麻衣は微かに頷き返しては、否定するように首を振る。まだ、現場に戻ることにためらいが捨て切れていないのだ。真砂子の言っていることは判る。まだ、決まったわけではない。ポルターガイスト現象は高い割合でRSPKの可能性があるのだ。それに、全然関係のない霊が原因と言うこともあり得る。
 まだ、何も決まったわけではない。
 それでも、戻るのは怖い。
 なぜ怖いのか。
 万が一を恐れているせいもある。
 だけれど、逃げ出してしまったことで、あの人に愛想を尽かされてしまったかと思うともっと怖くなってしまう。
「ナルも、待っていますわよ」
 まるで、麻衣の立ちすくむ理由を判っているかのように真砂子は言う。恐る恐る顔を上げて真砂子を見上げると、真砂子は全て判っていますわ。と言わんばかりの笑みを浮かべて麻衣を見ている。
「ナルはあたくしにこうおっしゃいましたもの「今は役に立たないと」だから、大丈夫ですわ。おそらく、一番ナルが麻衣の帰りを待っていますわよ。
 厳しいのも、冷たいのも、全て優しさや愛情の裏返し。いつだったか麻衣はそうおっしゃっていたでしょう? 仕事に対する厳しさも自分達の命を守るため。万が一を起こさないためだと、言い切っていたのは麻衣ですわ。
 ナルのことをあたくし達の中で一番判っているはずの、麻衣がナルを疑うんですの?あのナルが、麻衣のことを全く考えていないわけないでしょう。今は仕事を優先していても、ナルが麻衣を見捨てるわけないですわよ。もちろんあたくし達も。だから、戻りましょう?皆さん待っていますわよ」
 ポロポロと涙を流しながら、麻衣は小さくそれでもハッキリと頷き返す。
「でも、ナルの毒舌は覚悟しておいた方がいいわよ」
 今まで、黙って話を聞いていた綾子がからかうような口調で口を挟む。
「そうですわね。麻衣ったら、仕事ほっぽりだして来てしまったんですもの」
 コロコロと鈴が鳴るような声で笑う真砂子に、つられるように麻衣も少しだけ笑みを浮かべる。
 どんな毒舌をはかれようとも、傍に居場所があればいい。そして…今度は逃げないで、ちゃんと自分で確かめよう。
「ありがと――真砂子、綾子」
「高いわよ」
「貸しにしておきますわ」
 三人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。





「―――――――――」
 何ともいずらい無言の圧力が室内に広まる。
 真砂子と綾子の陰に隠れるように立つ麻衣を、ナルは何も言わず見る。非常に不機嫌なのはその顔を見なくても明らかで、幾ら麻衣の事情を知っていて麻衣をかばって上げたくても、確かに非は麻衣の方にあるわけで、正論をいってナルをなだめ麻衣をかばいきれる自信は、例え安原でもなかった。
 どんな毒舌が無情にも吐かれるか、皆が息を呑んでナルの言葉を待つ。
「僕は、仕事をしない人間を雇う気はない」
 淡々とした第一声に、思わず麻衣の身体は逃げ腰に震える。
 すっかりと怯え、自分を見る事もせず、居すくんでいる麻衣を見下ろして、ナルは投げやりに前髪をかき上げ深く溜息を一つつく。
「ここに来たということは仕事をする気はあるんだな」
 まだまだ続くと思った毒舌ではなく、麻衣がこの場に来たことの確認。
 麻衣は思わずその言葉に顔を上げる。もっと罵倒されるかと思った。何を言われても仕方ないとも。それこそ、「辞めてしまえ」とか「必要ない」とか言われうのも覚悟の上で来たのだ。
「ならいい、さっさと準備をしろ。今夜RSPKの実験を行う。松崎さんと二人でしていろ。
 原さんはその前にこの家と美智子さんを霊視して下さい」
 その言葉を合図にその場を覆っていた無言の圧力は消え、真偽を見定めるために行動が開始された。
 リンは今まで取っていたカメラのフィルムを取り替えるべくベースを後にし、綾子はそれぞれ機材を持って、使っていない和室へと足を向ける。真砂子は霊視をすべく安原に案内されて室内を出ていった。
 その場に残されたのはナルと麻衣の二人だけ。
 麻衣は深呼吸をし、かさかさに乾いている唇を何度か舐め湿らせると、漸く口を開いた。
「ごめんなさい―――」
「謝ると言うことは、自分に非があると言うことを認めるんだな?」
 ファイルに目を通したままナルは麻衣を見ないが、無視をする気はないようだ。
「個人的感情で、逃げ出したのは私が悪いから……迷惑かけて、申し訳ございません」
 例えこちらを見てなくても麻衣が深々と頭を下げた事に気が付いたのだろう。身体の向きを変えると麻衣を見上げる。
「二度はないと思え」
 これがナルの優しさ。
 普通ならきっとナルは許さない。
 全てを放り投げて、逃げ出したような人間を使おうとはけして思わないはず。
「ありがとう――」
「言葉より、結果として見せて貰いましょうか?谷山さん」
 刺々しかった空気が変わり、いつものナルになる。どこか意地悪げな口調に、漸く麻衣の顔にも苦笑が浮かぶ。
「怠けていた分も、働かせて貰います。所長」
「ならさっさと行け」
「はい」
 麻衣は身体の向きを変え綾子の後を追おうとしたが、ふと足を止めて顔だけ背後をむく。
「ごめんね…調査前に言わなくて」
 それだけ言い残すと、麻衣はナルの言葉を聞くこともなくベースを後にする。ナルは待った句だと言わんばかりに溜息を再び落とすと、視線を完全に資料へと移す。まだ、わだかまりが消えたわけでもないだろうが、少なくとも一人で抱え込み、塞いでいた頃よりかはましだろう。そう結論づけて。
 6畳ほどの和室に、麻衣と綾子は暗示実験の準備を進めていく。震動を伝えにくくする台をセッティングし、その台の上下に振動計と傾斜系を配置し、少し離れたところに位置センサーと自動追尾カメラをセッティングし、それら全てをケーブルで繋いでいく。
 綾子も麻衣も既に慣れたもので、迷うことなくそれらをセッティングしていく。
「ナルに何か言われた?」
 ガラス窓に、ガムテープを張り付けサインをしていた綾子は、ふとは以後でカメラの位置を微調整している麻衣に問いかける。
「特に何も」
「よかったじゃない。毒舌少なくて」
「うん。でも何だかちょっと怖い。言われるのが当たり前だと思っていたのに、全然言われないのって」
 肩をすくめて苦笑を漏らす麻衣に、確かに思わず頷き返してしまう綾子。この後、いつどんな難題をふっかけられても文句は言えないかもしれない。いったいどんなことを言いだすか…しばしの間考え、二人の間に妙な沈黙が訪れる。
「先のこと考えてもしょうがないわ。準備顔わったんならベースに戻りましょう」
 ベースに戻ってみると既に霊視を終えた真砂子がナルとなにやら話をしていた。どうも、この家にも美智子自身にも、霊らしきものは何も存在しないというのだ。だが、美智子はおろか各務自身も何度も白い靄を見ているし、その靄は麻衣もナルもリンも見ている。そして、その時の様子はビデオテープにも映って残っているのだ。
 これが水辺でとれたというなら、科学的にも幾つか考えられる。水温の方が気温よりも高ければ、水蒸気が立ち上りそれがたまたま人の形に見えたと言うことも考えられるが、靄を見たのはリビングだ。どこにも水たまりはない。
 リンがナルの指示でビデオテープを再生する。それを真砂子は視てもよく判らない。と呟く。
 真砂子にも感知できない霊なのか。それともただたんに今はなりを潜めていて判らないのか、それとも全く霊位以外の存在か…
「ジーンは現れたの?」
 いつも行き詰まると方向を指示するかのように、ジーンの助言があるのだが、今回は全くジーンからの接触はない。
 特にこれと言って現象は今のところ起きてはいない。カメラは小さな物音を集音してはいたが、気温の変化はほとんどなく、リンも以上は特に感じたことはにと言う。
 これ以上は取りあえず暗示実験をしてみなければ判らないと言うことになり、ナルは美智子と各務に暗示実験を行った。
 今夜和室に置いてある花瓶が動く…と。
 薄暗い部屋に響くナルの抑揚の欠けた声と、一定リズムを刻むメトロノームの音に、二人の瞼はどこか重たげにトロン…とした目つきになる。
「今夜一晩、この部屋には入らないで下さい」
 その声を合図に室内に明りが戻る。けして強い光ではないが、暗闇に慣れた目には眩しくぱちくりと瞬きをして、二人は辺りを見渡しそして、二人の視線が花瓶にむく。
 暗示がかかった証だ。
「渋谷さん…いつ、除霊して貰えるんですか?」
 実験が終わり部屋を出ていこうとするナルに、不安げな声がかかる。振り返るとすっかりと憔悴しきっている美智子がすがるような目でナルを見ている。
「今、色々と調査を行っています。
 まだ、何者の仕業か判らないので、手の打ちようがないといったところが現状です」
「で、でも…霊が……霊がいるんですよ?」
「落ち着いて下さい。霊が何のために現れているかによって、対象法が変わってきます。ただ、祓えばいいと言う物ではありません。相手が何者かも判らないのに、手を出せば霊を下手に刺激し、余計危険な事態を起こしかねません」
「いつ、いつになったら判るんですか!?
 もう、耐えられません。早くどうにかして下さい!!」
 美智子の様子にナルはややうんざり気味である。確かに、この手の減少が半年も続いていたら、どんなに剛胆な神経の持ち主もすり減るような思いをするだろう。だが、ナルが気になる点としても、もう一つあるのが幾ら家にいる時間が妻である美智子に比べ少ないとはいえ、夫である各務自身はあまりこの現象を気にしていないと言うこと頃だった。各務自身は忘れた頃に目撃、もしくは現象が起こるというのだが、美智子に言わせると頻度はかなり高いらしい。
 この差も気になる。
「明日までお待ち下さい」
 否とは言わせない迫力でナルは言う。
「明日ですか?明日になれば何か判るんですか?」
「美智子…少し落ち着きなさい。まだ、調査に来ていただいて二日しか経っていないんだ。そうすぐに分かる物でもあるまい」
 見かねた各務がなだめようとするが、興奮状態にある美智子は夫の言う言葉に耳を貸そうとはしない。
 いつもならナルが辟易しだしていると、麻衣が上手く依頼人を落ち着かせるのだが、麻衣は複雑な顔で美智子と各務を見ているだけで、動こうとはしないというより、動けないと言ったところが本当のところなのだろう。
「落ち着いて下さいまし。今は何もおりませんわ。ですから、少しお休みいたしましょう?」
 真砂子が落ち着かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。お茶の間でなじまれている霊媒師の真砂子の言葉に美智子は確認するように言葉を重ねる。
「本当? 今はいないの?」
「おりませんわ。ですから、少しお休みいたしましょう。お腹のお子に触ってしまいますわ」
 安心させるかのようにニッコリと微笑まれ、漸く少しは落ち着いたのだろうか。美智子は「そうね」と力無く呟くと各務に抱えられるようにして、部屋を出ていく。










☆☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
 う〜〜〜む。本来ならば今回で終わりにするつもりだったのに…少し伸びそうなので、次回に終わりは持ちこし。
 でも、何だか予定より話が変わってきているはず…麻衣とナルの言い合いはいるはずだったのになぁ…あっけなくナル許しているしぃ〜〜〜やはり、怜悧冷徹なナルは私の苦手とする性格の模様…ちっ、うちのナル甘すぎる。もう少し厳しくて優しくないナルというものを書いてみたいゾ。
 目下の課題だな。また機会があったら、容赦ない厳しいなるというものにチャレンジしてみたい…不可能に近い気がしてくるけれど(爆)


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