第十話











 ふと、夜が明けるかどうかと言うような薄暗い時間に目が覚めた。夢と言うべきなのだろうか。微睡みの中不思議な光景を見た気がする。ハッキリと内容は覚えていないけれど・・・夢を見たのかどうかもハッキリとは言えない。目が覚めた瞬間何を見たのかも、忘れてしまったからきっと対した内容ではないのだろう。
 麻衣は、首を傾げつつもまだ早い時間に布団の中へと潜り込む。眠りはすぐに訪れ再び昏い闇の世界へ意識は落ちていく。




 白い着物に身を包んだ女性が、彼果てた大地の前で正座し胸の前で腕を組む。そして、覚えたお経を呟き続ける。貴重な水が頭からかけられそして・・・・・・


 枯れ果てた大地に紅い花が一瞬のうちに咲き誇る。


 やがて、その地には静寂が戻り何も聞こえなくなる。





「真砂子、気を付けてね」
 麻衣に見送られて、真砂子はナルとジョンとともに森へと足を向けたのは、まだ清々しい朝の時刻で、山の中の朝では肌寒さを覚えるような時刻だった。
 夕べ遅くに真砂子は安原とともに、再びこの片田舎へと訪れたのだった。安原からかなり麻衣の能力が不安になっていることを、事前に聞いていたのだろう。麻衣の姿を見るなり、お姉さんよろしく麻衣の体調を気にかけていた。
 実際に真砂子は麻衣を見て眉をしかめてしまった。既に復調し元気にはなっているようなのだが、どこか面やつれしている麻衣に不安を隠しきれなかった。能力に対する戸惑いは真砂子にも判る。だからこそ、真砂子にできたことはいつもと変わらない態度だ。
 へんに気を使われてしまうと、自分で無理をしてしまうのだ。『皆に心配をかけたくないから、早く元気にならなければいけない』と。それがよりいっそう負担をかけ、能力を無理に抑制することにし、よりいっそう事態を重くしかねないことになりかねないことを知っている。
 だからこそ、真砂子は麻衣を見るなり陽気に笑って、目の下に出来ているクマを指摘したのだ。
「ナルのように誰もが認める顔ならともかく、十人並みなのですから、美容には気を使わなくては駄目ですわよ」
 コロコロと鈴が鳴るような声で笑われ、麻衣はぷぅ〜〜〜と頬を膨らませる。
「どーせ、真砂子見たく可愛くないもん」
 小さな子供のように頬を膨らませた麻衣の頬を、真砂子は楽しげに突っつく。
「赤ちゃんみたいな、ほっぺですのね」
 ますます麻衣の頬は膨らみ、真砂子は楽しげな声で笑う。その様子を安原はほのぼの〜〜〜と見守り、綾子は呆れ返ってみている。もちろん、真砂子の意図は分かっているが。
 だが、このままではいつまでたっても終わりそうもないので、綾子が二人の間に割って入り、おふざけはそこで打ち止め。長旅で疲れているであろう真砂子を、休ませるべく皆で露天風呂へと足を向けたのは、夕べかなり遅い時間だったのだ。
 だが、真砂子との軽い悪ふざけは麻衣にとっても良かったのだろう。夕べは久しぶりに夜中に起きることもなく、また悪夢に魘されることもなく、静かに深い眠りにつけたようだった。
 それでも翌朝になりいざ真砂子があの森へ行こうとなると不安は隠せないようである。自分以外にアレを見れるとしたら真砂子しかいないため、真砂子もまた何か影響を受けるのではないか?と気になってしょうがない様子だ。だが、真砂子は不安げな顔で見送りに出てきた麻衣に、ニッコリと微笑みかける。麻衣の不安なんぞ自分には無用の長物だと言わんばかりに、自身に満ちあふれた真砂子らしい笑顔だ。
「そんな顔しないで下さいな。あたくしは大丈夫ですわ」
 麻衣を安心させるかのように、巾着袋から数珠を出してみせる。それは、既に亡くなっている祖母の形見の数珠だという物だ。かなりの年代物で真砂子は過去幾度となく、その数珠に助けられてきていると言っていた物。
「麻衣こそ、暴走しないで下さいましね。今は松崎さんと安原さんしかいないのですから、無茶をしても止められる方は居ないんですからね」
「暴走なんてしないもん」
 ころころと鈴が鳴るような声で笑われ、麻衣は少し頬を赤らめて小さな声でごにょごにょと口答えする。が、過去自分の行動がかなり無謀で、突っ走ったことがあるという自覚があるのか非常に力無い口答えだ。
「おわかりのようですから、これ以上は申し上げませんわ。
 ナルはお借りしていきますわね」
 外で待っているナルをチラリと見て、真砂子は意地悪げに言う。
 そう表現する時点で真砂子も、ナルと自分のことに気が付いていることに麻衣も気が付く。
「ナルは…私のもんじゃないもん」
 顔を真っ赤にして俯いてしまう麻衣に、真砂子はますます楽しげな笑みを漏らし、
「あ、そうでしたわね。麻衣がナルの物でしたわね」
 と、あっけなく麻衣を撃沈させたのだった。
 そんな二人の少女のやりとりを綾子は呆れ半分、おもしろさ半分で眺めていた。はじめはいがみ合っていた二人だが気が付けば、昔からの友人のように仲が良くなっている。同じ人物に恋をし、ライバルのようだった二人がである。
 いつから、このように自然な付き合いをし始めたのか、よく判らない。きっと二人もそうだろう。気が付けば、気が付いたら、と言うようなきがする。もちろん綾子自身もそうだ。はじめはメンバーのことを胡散臭い連中と思っていたが(自分もきっと思われていたのだろうが)、いつの間にか昔からの仲間のように付き合い、こうやって調査に参加するようになっている。
 人間関係なんぞ不思議な物だ。昔の人間は「昨日の敵は今日の友」とはよく言った物だ。妹分的な二人を眺めつつも、随分ババ臭いことを思ってしまった自分に苦笑を漏らす。
「ナルが待っているわよ。早く行きなさい」
 真砂子は綾子に促されるままに、ナルとジョンの元へ近寄り声をかけて旅館を後にしていく。その様子をどこか心細げな表情で見送っていた麻衣は、綾子を見上げる。眉が八の字になり、まさしく捨てられた子猫や子犬のような表情だ。ナルが側にいなくて不安なのかと思ったら、麻衣が気にしていることは違うことだった。
「真砂子は、大丈夫かな?」
 自分と同じように、アレを見ないかな? そう言いたげだ。
「真砂子を舐めない。下手したらあんたより肝が据わっているかもしれないわよ」
 少なくとも不安定な状態のあんたよりはね、とは口にはしなかった言葉だ。麻衣が開き直って暴走しだしたら、誰にも止められないのだから。そう、ナルでさえ止めることは不可能なのだから。
 ブレーキのない暴走特急列車、もしくは、収集しようがないトラブルメーカーとは麻衣のためにあるような言葉なのだから。








 真砂子はナルの後を付いて森の中へと入っていく。更に真砂子の後ろにはジョンが付く。三人分の草を踏みしめる音と、虫たちの鳴き声以外一切の音がしない。国道からも離れているため、車の音も聞こえずやけに静かだ。
「この奥です」
 どのぐらい歩いただろうか。微かに汗をかき始めた頃、ナルは足を止め一方を指さした。促されるがままに真砂子とジョンも視線をそこに向ける。麻衣の話で聞いていたが、それは確かに禍々しく見える光景だった。
 一面血の色で塗りたくられたかのような、赤い野原。おびただしい量の血が流れたかのようにさえ錯覚する。流れる風もなければ、草木がそよぐこともない。全くの無風状態だというのに、どこからか薫ってくる強い臭い。あのヴラドの屋敷で嗅いだような、濃い血臭が鼻をつく。
「血の臭いがしますわ」
 麻衣と同じ様なことを真砂子も言うが、ナルにもジョンにもやはり判らない。森に特有的な濃い緑と土の臭い以外なにもしない。
「血塗れの男らしき姿は見えますか?」
 真砂子は頭を緩く振って否定する。
 麻衣が見たというものは何も見えない。血の臭いはするが血塗れの男の姿は見えなかった。
「あたくしには、見えませんわ…いえ、見えることは見えます。ですが麻衣が言っていたような人ではないようですわ。
 古くくたびれたような着物を着た多くの女性が、首から血を流して座っております。まるで何かに祈るかのように手を胸の前で合わせて」
 真砂子は目を凝らすように辺りを見渡す。その視界に映っているものは麻衣が言っていた男の姿ではなく、おびただしい数の女性の姿だ。中にはかなりの年月をそうしているのもいるのだろう。姿が消えかかっている物もいる。
「そうですか」
 思いにもよらない真砂子の言葉にナルは思案する。麻衣が見たというのは血塗れの男の姿。だが、真砂子が見たのは血塗れとはいえ女性。それも話を聞く限りかなり古い時代の女性達のようだ。
 麻衣が言っていた過去の因習とやらに関係があるのだろうか。
「話を聞けそうですか?」
 真砂子は足を踏み出し、近くにいた女性に声をかけるがゆっくりと首を振る。幾度声をかけても女性は真砂子を見ようとはしない。ただ、ひたすらに念仏を唱えていた。まるで、そこだけ空間を切り取って隔絶したかのように、彼女達は一心不乱に念仏を唱えている。
 しばらくその場にいたが、真砂子にはその女性達の姿意外なにも見えず、男の姿も何もそこに見つけることはできなかった。
 真砂子が嗅いでいる血の臭いは、彼女達から漂ってきているものなのだろう。なぜ、麻衣と真砂子は同じ場所にいながら別の物を見たのか、また一つ判らないことが増えただけに過ぎなかった。
「なら、ここには用はない。戻りましょう」
 短くそう告げるとさっさと身を翻して歩いていってしまう。
 真砂子もこの場にこれ以上いても何の役にも立たないことは判っているため、それ以上無駄口を開くことなく、ナルの後に付いていく。
 そよそよそ風が吹く。最後に、一瞬だけ血臭が強くなった気がしたが、気になるよりも早くそれは空気に紛れ消えてしまう。







 旅館に戻るなり麻衣が駆け寄って、真砂子に見えたかと尋ねるが真砂子は首を振って見えなかったと告げる。替わりに複数の女性の霊を視たとだけ告げると、麻衣は安堵したような笑みを浮かべるが、同時に自分しか見えないと言うことに、更に不安を募らせたような、複雑な顔を浮かべていた。
 だが、誰もそれに関しては触れない。
 麻衣が自力で向き合わなければいけないことなのだ。ただ、手を差し伸べてやればいいという話ではないと言うことを、皆知っている。そして、麻衣自身も判っているのだろう。そのことについて麻衣が取り乱すようなことはもうなかった。
 昼食を食べた後、安原が午前中いっぱいをかけて、郷土資料館や町の図書館でさらにくわしく調べたことを、東京で調べてあったことと交えてナルに報告し始める。その報告により、ジーンが言っていた因習が何を指すのかも判明した。
 まず最初に「森の神」に関するコトを、安原は調べ上げていた。
 この地に村が開かれたのは江戸時代にまで遡るらしい。小さな小さな名前もない村で、行き場をなくした浮浪者や、国を追われた浪人達がいつの間にかいつき、僅かな土地を切り開き田畑にしその日暮をしていたような、貧しい村だったという。だが、ある年この地域一帯が大旱魃に襲われた年があった。長い年月の間ではきっと何度もあっただろう。だが、このような小さな村では軽い旱魃に襲われただけでも、すぐに農作物が駄目になってしまい飢饉に苦しんだというのに、かなり長い間この地に天候不良が襲いかかったという。このままでは村を捨ててどこかへ移住するか、もしくはこの村と共に果てるかどちらかしかないという時になって、村の人々が取ったのは何と『人柱』だった。
 その当時村の人々は、森の中にある泉を水神の住みかとして、祠を建て奉っていたと言う。だが、旱魃により泉の水も枯れ果ててしまった。水源を当時は泉にのみ頼っていた村人達にとっては、泉が枯れてしまうと言うことはそのまま死に繋がった。故にとった行動なのだろう。
 迷信深い村人達は、雨が降らず日照り続きなのは、神の怒りなのだと思いこみ森の中にある枯れ果ててしまった泉に、人の生き血を注いだというのだ。泉の神に人柱を与えることによって、雨乞いをしたという。村の中にいた若い未婚の娘の首を切り裂き、穢れなき純血を注ぐことによって、祈りを捧げ怒りを紐解いて欲しいと願ったという。それは、自然災害に襲われるたびに幾たびも行われていたようだ。江戸が終わり明治になり大正が過ぎ昭和になっても。もちろん法律ではとうの昔にそのようなことは禁止されているにもかかわらず、小さな村ならではの因習なのだろう。役人の目を逃れ、昭和初期までこの村には、そのような忌々しい因習が残っていた。
 多くの人柱を捧げ、多くの血が流れた森は故に『神域』とされ『泉の神』はいつの日からか『森の神』と言われるようになり、泉だけではなく森そのものが神聖なる場所となったというのだ。
「泉何てあるの?」
「おそらく、その彼岸花がある場所だと思うんです。
 戦前に泉の水が全て枯れ果ててしまったと残っていました。その地にはまるで今までの犠牲者の数を示すかのように、彼岸花が咲き乱れると書き残されていますから。
 ただ、いつの頃からかその『人柱』の意味が若干変わってきているんですよ」
 はじめは、自然災害を沈めることを祈っての『人柱』だった。それは、神儀の色が濃かったのだが、いつの頃かその意味は変わってきてしまったらしい。
「森の神に願い事を叶えて貰うために、供物を捧げるというような形に変わってしまったようなんです。
 供物は願い事によって変わるようなんです。
 今でもその形は残っているようで、10月になると森の外れにあるお社に宝物を捧げ、無病息災や家内安全、農作物の豊作などを祈るという形で、現代に残っているという話です。もちろん今では形式的なもので、殆どお祭りみたいな物らしいですけれど。その際の貢ぎ物は今ではやはり現代というか、お布施という形になっていますね。
 ただ、それはここ二十年ほど前からそうなったという話で、それ以前は家畜や財産の一部などを捧げて、願いを申し立てていたのですが、一つだけ人を使わなければいけないものがあったらしいです」
 一度死んだ人間を甦らせてもらいたい、という願い事をするとき『森の神』は変わりの命を欲するというのだ。別の人間の命でもって、死んだ者を甦らせる。そのような言い伝えが残っているという。もちろん、他の人間の命を幾ら与えようとも、死んだ人間が甦るわけがないのだが、過去に本当にあった話として、亡き恋人が生き返ることを祈って自害をした女の死後、男が息を吹き返したという話が残っているのだ。
 短刀で喉を突いて血塗れになっている女の傍らで、わけも分からず呆然としている男が血塗れで、たたずんでいたという。
「それって、この前ぼーずが言っていたようなパターンの話なんじゃないの?
 ようはまだ埋葬する前に男が息を吹き返したんでしょ?
 仮死状態か何かだったのが、たまたまそのタイミングで意識を取り戻したって考えるのが自然よね」
「そうですね。この話は江戸末期の話らしいので、今ほど医術も発展していませんから誤診もあったでしょうし。とにかく当時の村人達は女の命を犠牲にする替わりに、一度は死んだはずの男が甦ったと思ったのは事実です。それ以降、人の命と代償で人が甦るという風習が、この村にできたのは間違いないようです。
 そして、三十年前猟奇殺人を企てた、吉田という男はその言い伝えを鵜呑みにして犯罪を起こしたとも言われているんです。
 言い伝えとしてのみに残っていた話ですが、そんな風習が残っていたと思われると、対面的な問題と、観光客の足が遠のくのではと言う不安に駆られ、村人達はその事をひた隠しにしたそうですので、公には知られてませんが」
 安原が新しく仕入れてきた情報に、皆は顔を見合わせる。江戸末期にそのような話が信じられるのはまだ判るが、現代でそんな話を信じる人間がいるとは、とうてい思えない。
「三十年前、吉田の自宅で死後半年以上経っている女性の遺体が発見されています。それは、吉田の恋人だった女性で、不治の病にかかっていたそうです。
 女性は間もなくその病でなくなったようなのですが、吉田はそれを認めたくなかったのでしょう。村に言い伝えられている伝説を信じ込んでしまい、連続殺人を企てたと思われています。元々、信心深く思い込みが激しい性格だったと言うことも起因しているのではと、当時の関係者は話していました。そして、一番変質的なのが、吉田は自分が殺した女性達の遺体の一部を切り取って持って返って、恋人の身体とつなぎ合わせているんです。
 傷みが激しい部分や、欠けてしまった部分を補うかのように、例えば腕を、耳や髪の毛、そして血液を輸血のように遺体に移植していたという話です。そして、これが一番おぞましいんですが、やはり当時も襲われた女性の内臓当が食い荒らされたらしいんです。それは、どうやら吉田自身が食いちぎっていたのではないかという話です。吉田は、自分の恋人が飢えを満たすために喰らったと言っていましたが、そんな事実はありませんし、何よりとうに腐っているはずの人間が喰らうことはおろか、動くことさえも出来るはずはありません。
 自分がやっていることを全て生きている彼女がやっていると、思いこんでいたようです」
 安原が調べ上げた話は信じられないようなコトだった。一人の男の執着と妄執がそのような狂気じみたことをしていたのだ。当然幾らそのようなことをやっても、一度鼓動を止め完全に死んだ人間が闇がえるわけがない。だが、本当に恐ろしいことはそれではなかった。吉田は恋人が生き返ったと思いこんでいたのだ。そして、女性達を殺していったのは自分ではなく、恋人だと頑なに言い張った。
 一度は死んだ身。身体は損傷が激しく血液が足りないと恋人は嘆き、夜な夜なそれを補うために、女性を襲い損傷を補い、血液を補給し肉を喰らっていたというのだ。だが、女性を襲おうとして逮捕されたのは、吉田自身であり、生き返ったと思われている女性は吉田の自宅で朽ち果てていた。
 全ては吉田自身が行っていたことなのだ。
 だが、吉田は恋人が甦ったと思っている。甦ったはずの恋人が朽ちて行くわけがない。だから、吉田は自分に暗示をかけたのだ。強い暗示を。
 だが、その暗示は無惨にも警察官達の手で破られてしまった。長い長い夢から覚めた吉田はしばらく茫然自失状態で、何も口にせず言葉も忘れてしまったかのように、惚けていたというのだが、ある夜牢の中で首をくくって命を絶っているのを発見されたのだ。
「女性達を襲い殺しているのは、自分ではなく恋人だと、思いこんでいたワケか」
 ナルの漏らした言葉に麻衣はあの時森で見た光景を思い出す。
 生きていると同じように愛しげに恋人の身体を抱きしめ、キスをし名を呼んでいた。おぞましい光景のはずなのに、なぜか悲しくて切なくなってしまう。何らかの事故もしくは吉田と同じように病で恋人を亡くした、男の声が脳裏に離れ付いて消えない。切なげな愛しげな声で恋人の名を呼ぶ声が。
 深い絶望に彩られていた声。恋人の死を認められず、一心不乱に祈る声。再び自分を見て、名を呼んで欲しいと……それは、吉田も同じだったのかもしれない。
「今回も――同じ?」
 朽ちた身体を抱きしめながら、青年は男――おそらく吉田だろう――に何かを祈っていた。そして自らの手首を切り、女性に血を注いだ。その行動に何らのためらいも見せていなかった。真剣な表情で冷たい光を反射させる刃を手首におしあて、一気にその刃を滑らせていた。流れ伝う赤い血が手首から溢れだし、虫の集り原型をとどめないほど様変わりしている遺体に注いでいったのだ。そして、ゆっくりと朽ちていた身体が甦っていったのだ。
「だけど、私が視た人は朽ちた身体が元に戻っていたよ?」
 幾ら現代の科学で全てが判明できないとはいえ、完全に腐ってしまったものが、ビデオテープを巻き戻すかのように、元に戻ると言うことがあるわけがない。
 いくらか判明してきていることもあるが、それよりも更に疑問が増えていくような気がしてしまう。
「だけど、祈るんなら普通伝説にあるとおり『森の神』にでしょ? 何でここで吉田が出てくるのよ」
 綾子の疑問ももっともなことだった。麻衣が視た男というのは『吉田』の姿をしていた。
 なぜ、『森の神』が『吉田』なのか。
 いや、どうして『森の神』が『吉田』になってしまったのか。
 そしてジーンが言っていた『もう一人』が気になる。
 吉田の前に過去、同じ様なことをした人物でもいるのだろうか? だが、安原の調べでは吉田より過去に、そのような猟奇殺人をした者はこの村ではいないという。












「ねぇ、千尋。あの人が教えてくれたんだ。
 それさえすれば、キミは元のように物が視えるようになるし、動けるようになるって」
 男は千尋の髪をブラシで丁寧にとかしながら、うっとりとした顔で囁く。
 男の頬は上気しひどく興奮しているようだ。ここ数日間の落ち込みぶりが嘘のようでさえある。
「すごく可愛い子なんだだ。うん――千尋も気に入ってくれると思うよ。
 ただね、ちょっと難しいんだ。周りにナイト気取りの男がいて…あいつ、邪魔だな。
 あ、でも大丈夫だよ。千尋は何も心配しなくていいんだ。
 『森の神』が協力してくれるって言うから。だから、大丈夫だよ。
 俺たちには神様が付いているから。だから、安心していて構わないから」
 男は囁く。物言うことを忘れてしまった愛しき存在に。自分を見ることの出来なくなってしまった愛しい恋人に。




「だから、千尋……早く元気になって」
















 枯れ果てた大地にキスをする。


















☆ ☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
後…2〜3話ぐらいで終わるのかな? とうとう大台、二桁にいってしまったわ(笑)ってことは、これアップするのに一月以上かかると言うことになるのね。あははははは(乾笑)
誰が、こんなにダラダラ続く話に付き合ってくれるのかしらん?
堂々巡りしているような気もしなくはない話だけれど……(どうかと思うけど、それ)もう少しで、終わります…たぶん(弱気)
ので、もうしばらくお付き合い下さいませv

(ラスト…どういう風に終わらせよう………………………チーン)合唱












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