第七話








 安原は朝食を食べながら新聞に目を通していて、その記事を見つけた。地方の事件ながら大きく取り上げられているのは、それが常軌を逸した事件だからに他ならない。テレビは今はつけていないが、きっとこの事件をどのチャンネルでも取り上げているだろう。とくに、ワイドショーでは誇大解釈をして放送していそうだ。
 口に運ぼうと思っていたコーヒーが途中で止まり、その記事を凝視するように読み進めていく。
 そこには一面に大きく、猟奇殺人が報じられていた。町とも言えないような小さな村。そこで連日起きる猟奇殺人。
 ほんの一月前までは地方の新聞を飾る程度の、事件が起きていた。定期的に小動物が襲われ血が抜き取られていたという事件だ。だが、ここへ来て矛先が人へと向かった。喉を切り裂かれ、内臓を喰われたあげく髪や耳を切り取られたりなどまるでネクロフィリム…屍体愛好者か食人嗜好者の仕業かとも言われている。
 昨日までいた村でまた新たに事件が起きたようだ。信じられないような猟奇的な殺人事件が。被害者の女性は22才の女性で、深夜帰宅途中襲われたのだろうと書かれている。死亡推定時刻は夜中の1時前後と判明したようだ。この時刻東京の住宅街でも殆どが寝静まり帰り、目撃者を捜すのも一苦労するというのに、夜が早い田舎である。当然目撃者はおらず、争うような声を聞いた者もいなく、捜査は難航の色を示しそうだと書かれていた。
「谷山さんは、もしかしてまた視ているのかな?」
 そう言った瞬間安原の眉がしかめられる。事件の概要を読んでいる限り、殺害された女性はかなり惨たらしい殺され方をしている。もしも、この光景を先日のように見たと麻衣が言えば、かなりの精神的なショックがあるだろう。
 もちろん、彼女の周りには今もなお仲間達が残っている。何よりも、麻衣の恋人であるナルがいるのだから、精神的負担に関しては彼が何とかするだろう。まがりにも心理学を学んだ博士でもあるのだから。
 新聞を綺麗におりたたんで元の位置に戻すと安原は、時計に視線を走らせる。現在の時刻はまだ8時を少し過ぎた頃だ。図書館が開くのは10時からだ。まだ、少し家を出るのは早い。今日は永田町にある国会図書館によってから事務所へ行くことを言ってあるから、リンに断りの連絡を入れる必要はない。
 場合によっては、日本一の蔵書を誇る国会図書館よりも、小さくとも地元の図書館や資料博物館へ足を向けた方が、確実な情報を掴めることもある。もう一度現地へ行くことも念頭に入れておいた方が良さそうだ。
 と、そこで安原は思わず苦笑を漏らす。
 つい、調査体制に入ってしまったが、これは何も心霊事件に関係あることではなく、ただの猟奇殺人事件だ。あの、所長が現実的な殺人事件に興味をわくとも思えない。それなのに、臨戦態勢に入ってしまったのは年下の同僚が、『夢』を視たからに他ならない。
 偶然が見せた『夢』かもしれないというのに、何かしらの心霊事件があるのではないかと考えてしまっている辺り、すっかり染まっているようだ。
 ほんの2年ほど前の自分では想像も付かない、世界。それが、どうやらいつの間にか日常茶飯事の当たり前になっているようだ。
「平凡な人生より非凡な方が面白くていいですけどねぇ」
 残っているコーヒーを喉に流し込むと、安原は携帯とノート型パソコンなどをリュックに詰め、図書館へ出掛けるべく少し早いが家を出たのだった。
 ひっそりと静まり返っている図書館。
 過去、似たような事件がないかどうか、パソコンで検索していく。もちろん日本だけではなく世界レベルでだ。過去の犯罪を模範している可能性もなくはない。
 検索に出された事件は色々とあった。世の中こんなに狂っているのかと思うほど、常軌を逸している事件が世界各地で起きているのだが、思いにもよらないところで過去猟奇殺人事件が起きている。
 それは、今回の事件の渦中となっている村でだ。
 これは、偶然という言葉で片づけてしまっていいのだろうか。読み進めていく内に、妙な悪寒めいた物を感じる。自分には仲間達のような能力は何もないというのに、嫌な予感がするのだ。
 今から三十年ほど前の夏、その村では悲惨極まりない事件が起きていた。
 当時村に住んでいた若い女性達それも10代後半から20代前半にかけての女性達が、幾人も殺されていたのだ。共通する事項が首を掻ききられ、多量の血が喪失していたと言うことと、必ず体の一部を切り取られ内臓を食い荒らされた女性がいた。獣に襲われたのかという見解も出たが、切り口は全て鋭利な刃物であることは判っており、どこにも獣の存在を証明するような、獣毛も歯形も見つからなかったのだ。
 捜査はかなり難航したらしい。犯行時間が深夜と言うことだけで他は何も犯人を特定できる物が掴めなかった。凶器と推察されている物は鋭い刃を持つ肉切り包丁や魚包丁など、ある意味誰でも手に入れられるようなものだ。そして、被害者を結びつけられる物が何も見つけられなかった。
 まさしく、無差別の通り魔的事件として小さな村を恐怖のどん底に落としていたのだ。
 間隔は多いときで月二回。間が空くと2ヶ月ほどあいて次の犠牲者が出ていた。そして、最初の被害者からちょうど半年後。警察は1人の男に行き渡った。
 名前を吉田忠士。22才。
 夜の12時頃1人の女性を襲うとして、失敗し逮捕されたのだ。襲った女性が偶然にも女刑事だったのだ。殺人未遂で逮捕された吉田は、精神的に異常を来していた。わけの分からないことを口走り、暴れ狂い重度の精神病を煩っていたようだ。だが、本格的な精神鑑定を行う前に、吉田は留置所で来ていたTシャツで首をくくり、自害してしまったために動機は永遠の謎となった。その後の調査で、吉田の自宅を家宅捜査した際、多量の血液と、腐り果てた女性の死体が放置されていたと書いてある。
「似ていますけれど……」
 これを読む限りではただの普通の猟奇殺人事件でしかない。今回の事件と結びつくとは思えないのだが……
 もっと詳しいことが乗っていないか、安原は調べたがどれも似たり寄ったりの内容で、たいしたことは書かれていない。ただ、三流ゴシップ週刊誌では、吉田は食人嗜好者だの、襲った女性達を使ってホムクルム――人造人間を作ろうとしたとか、悪魔に贄を捧げて願いを叶えて貰おうとしたとかわけの分からないことを書いているが。
 とりあえず、過去にも同じ事件があったことをナルに報せるべく、詳細をまとめるとそれをナルのパソコンへと送信した。
「この件を詳しく調べるなら、一度三十年前にこの調査に加わった人達の話を聞いた方が良さそうですねぇ〜〜」
 まだ、精神鑑定を受ける前だったようだから、記録を探っても何も手がかりになるようなことは載っていなさそうだ。
 安原は、区切りをつけると片づけしだし、先日の調査データーをまとめるべく、渋谷の事務所へと足を向けたのだった。






          ※               ※            ※






「ナル、麻衣は?」
 ふすまをカラリと開けて綾子が顔を覗かせる。
「寝ています」
 ナルはパソコンを操作しながら、綾子の方を見ることなく素っ気なく答える。
 確かに見ればよく分かる。麻衣は寝ていた。ナルの膝を枕にして、ナルに抱きつくように腕を廻して。
 あれからずっとそんな風に寝かせていて、足しびれないのかしら?と思わずどうでもいいことを考えてしまった。
「安心しきっちゃって」
 今は変な夢を視ていないのか、落ち着いた静かな寝息だ。どこか幸せそうにしがみついて寝ている麻衣を見て呆れたような声が漏れる。
「で、あたし達はしばらく麻衣に触れない方がいいのかしら?」
 綾子やジョンにしてみれば、麻衣に見られて困ることはない。
 だが、不意に見ることで麻衣に負担をかけたくはない。その為には無闇に触れてはならないと言うことになる。
「今のところ大丈夫です」
 ナルの言葉に綾子は首を傾げる。
 ほんの数時間前までは、麻衣の力は暴走し、触れる物全ての過去を見るような勢いだったのだ。それが、一眠りして落ち着いたというのだろうか。そう言うレベルの話ではないと思うのだが。
「暗示をかけてあります」
「封じたの?」
 ナルは100パーセントと言いきれるほど、暗示をかけることを得意としている。そのナルが言い放つのだから、絶対の自信があり、強固な物なのだろう。
「封じてはいません。封じるのは得策とは言えないので。むやみやたらと出口を塞ぎ抑圧をかければ、何かのだがが外れたとき最悪の事態にもなりかねませんから、力を無闇に使わないように、決められた行程を経て使うように暗示をかけただけです。
 まだ、暗示のかけ具合は浅いですから、後数回繰り返します。
 麻衣には暗示をかけていることは言わないように。無効になりますから」
 ナルの言葉に綾子は神妙な顔で頷き返す。
「ジョンにも言っておくわ。
 それと、しばらくはむやみやたらと麻衣にも触れないようにするわ」
 綾子は昨日の麻衣を見て無造作に触れてしまった自分をひどく悔やんでいた。
 感電したかのように体を硬直させたかと思うと、意識を失っていく麻衣を見て綾子は今でも、自分の迂闊さを恨めしく思う。サイコメトリーをすることがそんなにも本人の体を蝕むことだとは思わなかった。
 ナルは今まであまり人目のあるところで、サイコメトリーを行っては居ないため、実際どれほどダメージが来るのかを、綾子は知らない。どうりでリンが、ナルが力を使うことに関していい顔をしないわけだ。万が一を恐れているだけかと思ったが、本人の精神にも体にも負担をかけすぎる。
 これからは、彼らの力を頼らなくても済むようにしなければ…綾子は密かにそう思うのだが、きっとナルはかまいもせず必要とあればサイコメトリーをするのだろう。顔色一つ変えず、相手に気取られないように。
「で、ナルは先から何をしているのよ」
 横から綾子はナルの操っているパソコンをのぞき込む。
「安原さんが面白い物を見つけてきました」
「少年が?」
 ナルはプリントアウトした物を綾子に見せる。
 綾子はそれに目を通すと、愕然とする。
 まさか、こんな一見平和そうな静かな村で過去、似たような残虐な事件があったとは誰が予想するだろうか。
「まさか、麻衣が見ているのは今の事件じゃなくて、過去の事件だと言うこと?」
 今の事件というのにはリアルタイム過ぎる。だが、もしも過去に起こった事件を何らかのきっかけで暴走したサイコメトリーの能力が見たとするならば、あり得なくはない可能性に行き着いた綾子だが、ナルはそれすら断定しない。
 麻衣が何を見ているのかは、内容的にはこの際ハッキリ言えばナルの眼中にはない。殺される側を見ているならば、そのまま追死体験まで至る可能性もあり危険は大きいが、被害者ではなく加害者を見ている分には、精神的ショックは大きくてもそのまま追死体験へと至ることはない。
 気がかりなのはいったい何をサイコメトリーしたかだ。サイコメトリーした内容などどうでも良いことだ。これがまた興味をそそられるような心霊事件というならまだしも、猟奇殺人事件では論文の資料にすらならない。
 麻衣がサイコメトリーした物を突き止めない限り、麻衣を東京に戻すのは危険だ。数回暗示をかければおそらく能力の暴走は完全に止まる。
 その後、精神的に訓練をさせれば自分でコントロールすることもできるだろう。だが、何を麻衣が見るかによって、力を無闇には使わせられない。
 力を使うには対象物に対する認識を、よりいっそう強く持たなければ、暗示はかえって危険になりかねない。麻衣は自分に降りかかる危険を排除しようと働く本能が、人一倍強い。危険が及ぶ物に反応するのが人一倍早いのも、そのせいだろう。実際に、前回の夢で見た内容を、半日と経たないうちに忘れ始めていた。それは、自我を守るための自己防衛が働いたからに過ぎない。人は、自分の都合の悪いことを「忘れる」という能力を持っている。その結果麻衣は内容を忘れ始めた。そうしなければ、精神的にも負担をかけると「本能」が考えてのだろう。
 黙り込んで思案しているナルに、綾子は諦めたように息を吐く。
 無意識のうちに麻衣を見下ろして髪に指を絡めながら、何事かを思案しているナルを見て、綾子は息を吐くと同時に口元が自然と弛んでしまう。
 あのナルがである。無意識に人に触れているのだ。めったに拝めない光景である。
 柔らかな栗毛に指を絡ませ、するっと抜けてしまった髪を再びいじり……麻衣もまた平然として寝ている。普通そろそろ起きてもいい頃なのだが……実に安心しきった顔で寝痩けている。
「ぼーずがみたら騒ぎ出しそうな光景ね」
 そんな、どこか普通の恋人同士のような光景を見ていると、焦りにも似たような心が落ち着いてくる。逆にナルは綾子の呟きに僅かに眉をしかめたが。
「ナルならともかく、よくもまぁ、麻衣が今まで隠し通せたものよねぇ〜〜」
 含み笑いを漏らしながら言う綾子に、ナルは何の反応も示さない。いつものように無表情で何を考えているのか判らない顔だ。綾子にはナルが何を考えているのか判らない。その腕の中で眠っている麻衣なら、ナルが何を考えているのか判るのだろうか?
「ん………っ」
 綾子の声に麻衣の意識が浮上したのか、瞼が微かに痙攣しゆっくりと目を開ける。
「な…る……?」
 麻衣はキョロキョロと辺りに視線を向けて、自分がナルの膝の上でナルにしがみついていることに気が付く。それと同時に綾子が楽しげな笑みを浮かべて自分を見下ろしていることに気が付くと、慌てて身を起こす。
「えっ? あれっ?私―――――???」
 ワタワタと真っ赤になって動転している麻衣を見て、綾子は声を出して笑う。
 こんな反応をする麻衣が、ナルと一線を越えているなんて誰が想像するだろうか。
「麻衣、落ち着きなさい」
 綾子の声に麻衣は、びくりっと怯えたように体をすくませる。そして、無意識なのかナルの体の影に隠れるように縮こまる。
 その様子に綾子はおろかナルですら溜息をもらす。
 余計な萎縮は、能力を否定し、より不安定な物にさせてしまう。
 否定はさせてはならない。
 自分の能力を認め、把握し、使いこなせなければ危険なのだ。
「麻衣、安心しろ。暴走は納まっている」
 ナルの言葉に麻衣は不安そうな視線を向ける。
 ナルが言うのだからそうなのだろう。だが、それでも体が竦んでしまう。
 それを見たナルは無造作に行動に移した。麻衣の背中をとんっと軽く押したのだった。麻衣はよろめき綾子の方に倒れ込む。とっさに綾子は腕を差し伸べ麻衣を支える。綾子は麻衣の体を支えた瞬間しまったと思い、ナルの暴挙としか思えない行動に文句を言うべく口を開こうとしたが、麻衣の小さな声に口を閉ざす。
「視えない―――」
 綾子にぺたぺたと触りながら麻衣は呟く。
「ナルの言うとおりだぁ〜〜〜〜」
 にへらぁ〜〜と、嬉しそうに笑みを零しながら麻衣は言う。そして、そのままぺたぺたとテーブルや、座布団やテレビなどに触れては「視えない、視えない」と喜んでいた。
「何で?」
 その場にぺたりと座り込んで、麻衣は不思議そうに首を傾げる。
 夕べは触れる物全部の過去が脳裏に流れ込んできた。ナル以外の何もかもが。
 それなのに、ぴたりと止まっている。
「一過性の物だ。これから暴走しないように訓練していく。
 ある程度保証ができない限り、東京には戻れないな」
 訓練と聞いて麻衣が嫌そうに顔をしかめるが、暴走したあげくランダムに人の過去を視るのは二度とごめんなため、神妙な顔をしてナルの話を聞くことにした。
「じゃぁ、もうしばらくここにいるの?」
「多分な」
「できれば…東京に戻りたい。訓練東京ではできないの?」
 ポツリと麻衣は呟く。
 確かに麻衣の気持ちも分かる。
 猟奇殺人事件が起きているような場所に、好きこのんで長く逗留はしたくはない。
 まして、麻衣は二度も現場を視ていることになるのだ。なおさらこの地を早く離れたいのだろう。
「今すぐは無理だな。もう少し安定するまでは無闇に雑多なところへはいかない方がいいだろう。ここで見るよりもランダムにいろんなものが流れ込んできてもいいなら、あえてとめはしないがな」
 ナルにそうまで言われてしまうと、麻衣もどうしてもとわがままは言えない。あんなにいろんな人の感情や、記憶がいっぱい流れてくるのは怖い。自分が消えてしまいそうな気がしてしまう。
 しょんぼりとした麻衣を慰めるかのように綾子は、ふと思い出す。
「ナル。うちの別荘でよければ用意できるわよ? 東京に戻る途中にあるしそんなに、ここからは離れていないわよ」
 自分の家の別荘地なら更にここよりも人気は少ないはずだ。多少は避暑の為に別荘に遊びに来ている人達もいるだろうが、村よりかは断然と人気は少なく、静かで落ち着くはずだ。ナルはしばらく思案したあと、
「もしかしたら、お借りすることになるかもしれません」
 とだけ答えた。
 その答えを聞く限りだと、ナルはまだしばらくこの地を離れる気はないと言うことが判った。麻衣は不安げにナルを見る。また誰かが殺されたりして、それを視るのはイヤだ。
「そんなに長いことではない」
 ナルが何を気にしているのか、麻衣には判らず戸惑った表情で綾子と肩をすくめあった。
「まぁ、麻衣の調子がいいならそれでいいわ。
 お腹空いていない? ご飯食べましょ」
「うん」
 もう、むやみやたらに物を見ることはないと思った瞬間、現金な物で忘れていた空腹感を思い出した麻衣は、勢いよく立ち上がる。
「ナルは?」
 先まで自分がしがみついて眠っていたことは、ナルも食事をとっていない気がする。
「後ででいい」
 あんの上の言葉に麻衣は「じゃぁ、持ってきて上げる」と答えると、綾子と共に部屋を出ていく。後で何て言葉を信じて放っておいたらどうせ食べないに決まっているのだ。ナルが何も言わないところを見ると、特別文句はないようだ。
 すっかりと空腹感を訴えてくる胃袋をなだめに、麻衣は特別に用意してもらった昼食を食べに向かった。










「千尋…千尋…大丈夫だ」
 男は千尋の腕を握りしめて囁き続ける。
 夕べから千尋は熱が上がり一向に下がる気配はない。身体はこんなにも冷たいのに・・・なぜ熱は下がらないのだろう。
 どうして、何がいけなかったというのだ。
 元気になるはずなのに。もう、元に戻って良いはずなのに。
 あの男が言ったとおりのことをしているのに。
 だが、現実では千尋は体調を戻すことはなく、一進一退を繰り返すばかり。いや、日々状態は悪化している。
 女性らしくふっくらとした体形は、見る見るうちにやせ細り、眼窩は病により落ちくぼみ、頬はげっそりと肉がそげ、肌の艶はなくなりかさかさだ。髪もつやはなくぱさつき、うつろな目にも光は宿っていない。荒れた唇を湿らす為に、コットンに水を含ませ唇を湿らすが、すぐに乾いてしまう。
 肝臓の調子も悪いのか肌は黄疸がかり、腎臓の調子も悪いため体が浮腫んでいる。
 その上、連日の暑さでさらにない体力がひどく消耗され、高熱が下がらなくなっている。
 今も千尋は熱に魘され譫言を呟いている。
「何が欲しい? 俺に出来ることがあったら言ってくれ」
 男は千尋の耳元で訴えるが、千尋は言葉にならないことを漏らすだけだ。
「どうしてだ…どうして…何がいけないんだ」
 男は頭を抱え込む。これでは立つこともままならないではないか。
 この前まで、少しずつだが良くなっていたのに。
 何かがあわなかったんだ。
 きっと何かが…
「千尋、千尋―――」
 祈るように男は呟く。
「助けてくれ。お願いだ……」
 思い出すのは、真っ赤な華。
 祈るような思いですがった伝説。小さい頃祖母から聞いていた伝説にすがり、願いを叶えてもらった。どんな条件でも呑むから助けて欲しいと。
 どんな形でもいいから、救って欲しいと。
 森に住む神に祈った。
 必死に。
「千尋、待っていてくれ」
 男は立ち上がる。何が行けなかったのか、何かが間違っているのか聞きに。








☆ ☆☆ 作者の戯言 ☆☆☆
今回、びびったことがあります。屍体愛好者(ネクロフィリム)のことを調べるために、ネットサーフィンをいていたら、生首のホルマリン漬けのページにたどり着いてしまいました(┰_┰)生首だけではなく、銃弾で半分吹っ飛んだ脳ミソやら、片腕のホルマリン漬けの写真が掲載されていました…何でもどこかの外国では、犯罪者をホルマリン漬けにして博物館に展示しているようです(>_<)
本当はもう少し詳細を書きたかったんですが、ショックのあまり調べることを断念し、止めました。きぼちわるかった………
 にしても、話が全然進まない…これ一体何話になるんだろ? 確実に記録更新中(笑)
 すみません。スローテンポの話ですがどうかご容赦して下さいませ








     

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